大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4370号 判決 1968年10月31日
原告
小畑百合子
ほか二名
被告
菊地峰吉
ほか一名
主文
一、被告らは各自原告ら三名に対し各金三二六万六六六六円宛および右各金員に対する昭和四二年九月一五日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告らのその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用は二分しその一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、原告らにおいて共同して、原告らに対し各金一〇〇万円の担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一当事者の申立
(原告ら)
被告らは各自、原告小畑百合子に対し金七二一万八八三九円、同小畑和泉に対し金六八三万七〇三〇円、同小畑美砂子に対し金六九三万二四八三円、および右各金員に対する昭和四二年九月一五日(訴状送達の翌日)から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え
訴訟費用は被告らの負担とする
との判決ならびに仮執行の宣言。
(被告ら両名)
原告らの請求を棄却する
訴訟費用は原告らの負担とする
との判決。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四〇年六月二六日午後九時四五分ごろ
ところ 貝塚市沢一一三九番地先、国道二六号線上
事故車 小型貨物自動車(大4ほ二〇〇五号)
運転者 被告中釜司
受傷者 訴外小畑利夫及び原告ら三名
態様 前記国道を進行中の事故車が急ブレーキをかけた際、折からの降雨により路面が濡れていたため、スリツプを起し、対向車線上に飛びだしたところ、たまたまこれに、右利夫が原告ら三名を同乗させて、対向方向から運転進行して来た乗用車(マツダフアミリア)がこれに衝突し右利夫及び原告らが負傷した。
二、利夫の死亡
右利夫は、前頭部挫傷、右第七肋骨々折、左肺損傷の傷害を受け、事故後昭和四一年一一月一一日に至り三四才で死亡した(但し、傷害の内容については被告中釜との関係においてのみ争いがない)。
三、亡利夫と原告らの関係
原告百合子は亡利夫の妻、原告和泉、同美砂子は亡利夫の子であり、同人の死亡により、その権利を各三分の一づつ相続した。
四、示談の成立
昭和四〇年一二月頃、亡利夫と被告中釜との間に、次のような示談が成立した。
イ 被告中釜は亡利夫に対し、マツダフアミリア一台を購入して弁済する。
ロ 被告中釜は亡利夫に対し金二〇万円を慰藉料として支払う。
ハ 本件事故に関し、今後いかなる事情が発生しても双方に異議はない。
五、損害の充当
原告らは自動車賠償保険金総計一〇〇万円を受領している。
第三争点
一、責任原因について、
(原告らの主張)
(一) 被告菊地は本件事故車の所有者であり、その使用人で被告中釜の友人であつた者が、修理のために、右事故車を持出した際、被告中釜が被告菊地の承諾を得たうえで、これを借用して運転中、本件事故を引起したのであるから、被告菊地は事故車の運行供用者として、損害賠償の責任を負う。
(二) 被告中釜は、飲酒のうえ本件事故車を運転し、降雨中路面が濡れていて、スリツプの危険があつたのに急ブレーキをかけた点に過失が認められるので、不法行為者として損害賠償の責任を負う。
(被告菊地の主張)
(一) 本件事故車は被告菊地の所有ではなく、同被告が代表取締役をしている訴外菊地製鋼株式会社の所有にかかるものであり、同社の資産として計上され同社の指揮下に同社の作業にのみ用いられ、その購入代金、強制保険料、維持費、修繕費はすべて同社が負担し、車体には同社の名称が表示されていた。事故車の登録及び強制保険の名義は被告菊地名義となつていたがこれは右登録等の手続を事故車の購入先である訴外丸山自動車に委せていたところ、当時、従来被告菊地個人が行つていた営業を税金対策上会社組織に切りかえたばかりで会社としての信用がなく、事故車の購入に際して振出した手形に被告菊地個人が裏書をしていたことや被告菊地個人の所有名義になつていた車両を下取譲渡していたことから、右丸山自動車が独断でおこなつたものであり、全く手続上の齟齬によるものにすぎず、いわゆる名義貸のように両当事者の了解に基くものではなく、その点に関し、被告菊地は何も知らなかつた。事故車を最初に持ち出した訴外池田良男も、前記訴外会社の使用人であり、被告菊地個人に雇われていたものではない。
(二) 右池田は、事故車のラジエーターの調子が悪いため右訴外会社から午後七時迄にこれを、修理店に持つて行くように時間を指定して、命ぜられた際、同車の私用運転は厳禁されていたのにもかかわらず、これを運転して、勝手に他所へ寄り道し、そこで同人の友人ではあるが被告菊地や、訴外会社とはまつたく無関係であつた被告中釜が、右池田の承諾もなしに、右事故車を運転するに至つたのであり、右運行は保有者の運行支配から完全に逸脱しており、もとより保有者に運行利益が帰属するものでもなかつた。
(三) 仮に右主張が認められないとしても、被告中釜の主張するように本件事故について同人は無過失で、事故はもつぱら亡利夫の過失に起因するものであり、かつ事故車の構造機能に、事故の原因たる何等の欠陥、障害もなかつたので自賠法三条の免責を主張する。
(被告中釜の主張)
被告中釜は事故車を運転して国道二六号線を南進中、前方約五〇メートルの地点にある信号機が黄信号で点滅しているのを発見して、直ちに減速停車の措置をとつたところ、雨のためスリツプしてハンドルを取られ、センターラインを超えて、右信号の北方三〇メートルの地点で、国道西側の歩道に、後車輪が歩道と車道の境部に接した状態で、西向きに乗りあげた。
一方、亡利夫は、ビールを飲んだうえ、帰宅を急ぎ雨中をかなりな速度で北進し、前記信号機が黄信号点滅ないしは赤信号であつたのに一旦停止を怠り、かつ前方不注意により、事故車がセンターラインを超えて右に曲がり、前記状態で停止したのを発見しえず、丁度被告中釜が事故車を後進させるべく事故車左後方を注視した瞬間、事故車左側後輪部付近に、その左前部を接触させて本件事故を起したもので、事故の原因は、右亡利夫の右過失にある。
二、本件事故による受傷と利夫の死亡との因果関係について
(原告らの主張)
本件事故により利夫は前頭部挫創、右第七肋骨々折、左肺損壊の重傷を被り、二ケ月の入院の結果一応治療しえたかに見えたが、それから約一年三ケ月後の昭和四一年二月一一日、右受優による胸部の大打撲のため血胸になり、胸部にうつ積していた極めて大量の血液を一度にドツと喀血して死亡したもので、右死亡と本件事故との間には相当因果関係があつたものと言わねばならない。
(被告菊池の主張)
(一) 利夫は本件事故により血胸となつたというが、血胸というのは、肺の外側にある肺肋膜と体肋膜の間の出血のことであり、事故より一年以上もたつて、ここにうつ積していた血液を喀血するということは、医学的にまつたく考えられないことである。利夫は、二〇〇〇CCもの血をはいて死亡したというが、このような大喀血の原因としては、まず第一に空洞のある肺結核が疑われるのであり、他には、肺の異常な動脈りゆうの破裂等が極めてまれな事例として考えられる位である。そして、現に利夫は肺上部にレントゲン撮影での陰影が認められており、かつ結核の典型的な症状である嗄声を訴えていたのである。肺上部の右陰影については、利夫が最後に入院していた富畑外科でもその経過及び陰影の位置等に関し深刻な疑問を抱いていて、それが内因的なもの(特に結核)か外因的なものかを確かめるため種々の診断をしたが不明で、退院時にも再度警察病院の診断を受けるよう注意していたのである。
(二) 利夫は重傷状態で入院中、医師に無断でしかるべき介助保安の処置も講じないで転医したり、退院後も結核予防協会の検診では精密検査が必要とされ、嗄声の症状や、前記富畑医師の注意があつたにもかかわらず、検別の手当もしないで相当な激務たる旧職に復帰して稼働しており、さらには死亡当日にも、勤務後釣場の下見に自動車で遠出したりしており、これらのことが、利夫の死因を誘発、助長したものであり、かかる不摂生な態度は一般に予見不可能なことであるから、仮に本件事故と利夫の死亡との間に何らかの因果的つながりがあつたとしても、とうてい相当因果関係があるとはいえない。
(被告中釜の主張)
利夫の死亡と本件事故の間に相当因果関係はない。
三、損害額及び本訴請求について、
(原告らの主張)
本件事故による原告らの損害及び本訴において請求する金額は次のとおりである。
(一) 利夫の得べかりし利益 一六六八万八三五二円
利夫は昭和七年生れで、広島県松永高校を卒業し中央大学を中退した後、昭和三五年八月より殖産住宅相互会社に勤務し、一ケ年一七六万九八七八円の収入を得て、原告らと両親を扶養していた。同人の生活費は一ケ年三六万円であり、本件死亡の時よりなお二九年間は就労可能であつた。
(二) 利夫の慰藉料 三〇〇万円
同人は本件事故により前記の傷害を身体に受け、大いなる心身の苦痛を被り、ついには、死亡するに至つたことに対するもの。
(三) 原告百合子に対する慰藉料 一〇〇万円
夫利夫が被つた傷害並びにそのために死亡したがため蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料五〇万円と、原告百合子自身が顔面挫創、頭部口がい挫創、歯牙損壊、左第六、七、八、九肋骨々折の重傷を被り、その治療のために入院四五日と通院二ケ月を要したことに対する慰藉料五〇万円。
(四) 原告和泉に対する慰藉料 六〇万円
父の受傷、死亡についての慰藉料三〇万円と、自らが頭蓋骨々折の重傷を被り、その治療のために入院四五日と再手術の為の再入院二週間と通院二週間を要したことに対する慰藉料三〇万円。
(五) 原告美砂子に対する慰藉料 八〇万円
父の受傷、死亡についての慰藉料三〇万円と、自らが、右大腿骨々折の重傷を被り、その治療のために、入院四五日、再入院一週間、通院二ケ月と、自宅休養半ケ年を要したことに対する慰藉料五〇万円。
(六) 原告ら個有の各損害に利夫の権利の各相続分を加え、前記保険金をそれぞれ差引いて、本訴に於て原告百合子は七二一万八八三九円を、原告和泉は六八三万七〇三〇円を、原告美砂子は六九三万二四八三円を各請求する。
(被告菊池の主張)
(一) 利夫は殖産住宅相互株式会社の外交員で、同人の収入はかなりの部分が歩合給で、かつその過半は交通費、顧客の接待費、交通費などの必要経費として支出され、生活費三万を差し引いた残りがそのまま実収入になるのではない。又外交員として六四才まで前記の実績をあげて活動することはその外交活動の実態に照らしてありえないことである。
(二) 利夫の受傷についての原告ら自身の慰藉料、及び利夫の慰藉料を相続したとの主張は争う。
被告中釜が事故後きわめて誠意ある慰藉的措置を講じていることは、利夫死亡による精神的苦痛の評価について、十分考慮さるべきである。
原告らの受傷程度などについては不知
(被告中釜の主張)
原告らの受傷程度及び治療期間を認めるが、その余の事実については不知
四、示談について(第二争いのない事実四項参照)
(被告中釜の主張)
前記示談により、本件事故に関する賠償問題は、全て解決ずみである。
すなわち、右示談は単に亡利夫の損害についてのみなされたものではなく、原告らの損害をも含めて、亡利夫の申出どおり締結されたものであり、原告らも同席して、これを了承していた。
被告中釜はこれに基き、同示談成立と同時に、マツダフアミリア一台を亡利夫に交付しており、被告中釜はもはや右示談条項以外の何らの義務をも負つていない。
(被告菊地の主張)
(一) 右示談の成立に被告菊地は直接的に関与せず、示談書には菊地製鋼の事務員が、会社にあつたありあわせの印を押印したのであるが、右示談は被告中釜が本件事故の全責任を持つということになつて、本件事故車の保有者、運行供用者をも代理して締結したもので、本件事故車の保有者たる菊地製鋼株式会社の責任をも免ずるものである。また、もし被告菊地個人が事故車の保有者と認められるとすれば、その責任を免ずるものである。
(二) また、右示談は利夫が、原告らをも代理して、原告ら自身の傷害による損害をも含めて、全てを解決する趣旨で締結したものである。
よつて原告らの本訴請求は理由がない。
(三) 仮に右示談が亡利夫の死亡を前提としておらず、同人の死亡による損害については効力が否定されるとしても、原告ら自身の傷害については、何ら予見できない新たな損害が発生したわけではないのであるから、少くとも原告らの傷害に関する部分の請求は失当である。
(原告らの主張)
(一) 利夫が本件示談を締結したのは、当時同人が、一応健康を回復しえたものと考えたからであり、その後同人は、突然、胸部からの大出血により死亡したので、このような全く予期しない大きな事情の変更により、示談の効力は喪失した。
(二) 本件示談は、被告両名との間に、利夫の損害を対象として結ばれたものであるが、原告ら固有の損害はこれを内容としていない。
五、過失相殺について
(被告菊地の主張)
(一) 利夫には本件事故につき、飲酒運転のため当然なすべき制動避譲の措置をとらなかつた過失がある。
(二) 又前記のごとく、退院後医師の注意にもかかわらず、有効な診療措置もとらず不摂生を続け死因を誘発、助長した過失があるので、過失相殺を主張する。
(被告中釜の主張)
利夫には前記のとおり、信号無視、前方不注意、飲酒運転等の重大な過失が認められるので過失相殺を主張する。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する当裁判所の判断
一、責任原因事実について
(一) 被告菊地が、本件事故車の登録(道路運送車両法第二章)の使用名義人であり、かつ強制保険(自賠法第三章)の保険契約者であつたことは、〔証拠略〕によつて明らかである。
(二) 被告菊地は、右登記名義が自分にあつたことを、本件事故の後まで知らなかつたと主張し、〔証拠略〕中にはこれに副つた供述部分が(認められる)あるが、これらは弁論の全趣旨に照らしにわかに措信し難く、むしろ、〔証拠略〕に照らせば、前記のような手続がなされたのは、被告菊地の自陳するとおり右事故車購入の時下取りに出した車が被告菊地の所有名義であり、かつ事故車の代金支払のために提出された約束手形(丙第二号証の三)になされた被告菊地の個人裏書が示すように、同車の購入が実質的に菊地個人の信用でなされたことの結果であつたものと認められ、かつこのような処理がなされた背景には、後記認定のごとき菊地製鋼株式会社(以下単に会社とも言う)と菊地個人の実質的な同一性があつたものと認められる。
(三) 一方、〔証拠略〕によれば、本件事故車の購入代金、強制保険料、及び維持費、修繕費は会社の会計から支出され、事故車は、会社の帳簿に同社の資産として計上されて会社の運搬作業等に使用されており、かつ、同車の車体には会社の商号が表示されていたことが認められ、これらによれば、右会社が本件事故車の保有者として、その運行を支配し、運行の利益を得ていた事実がうかがわれるのであるが、〔証拠略〕を総合して、右会社の実体を見るならば、同社は昭和三九年三月一一日に、それまで被告菊地個人の営業であつた菊地商店をそつくり引続いで、設立された会社で、役員報酬を支払うのも菊地個人一人に対してのみであり、従業員も一八人程度にとどまり、長期借入金については菊地が個人保障をしているいわゆる典型的な個人会社であつたと認められ、財産法上の権利主体としての独立性はともかくも、より事実的な概念であり、かつ危険物の管理責任ないし報償責任の観点から解釈さるべき運行の支配、管理及び運行利益の帰属の関係では、右会社と菊地個人とを明確に分離することはできないものと言わざるをえない。そして、右事実に前記のごとく、菊地個人に道路運送車両法上の登録名義及び強制保険の名義があり、対外部的な関係に於ては同人はいはば、本件事故車の運行を支配管理すべき地位責任にあつたものと言うべきことを考え合わせるならば、菊地個人もまた、前記会社と共に、本件事故車の運行について、運行供用者としての責任を免れ得ないものと言わなければならない。
(四) 被告菊地は仮定的に、本件事故当時は、事故車に対する運行支配と運行利益を喪失していた旨を主張するが、〔証拠略〕によれば、本件事故車は、主に菊地製綱の従業員であつた訴外池田良男が、会社の仕事のために使用していたものであるが、事故当日の夕方、事故車のラジエーターの調子が悪いため、会社の工場長である訴外茶谷昌男が、右池田にこれを修理工場に運転してゆくよう指示したこと、池田はこれを修理工場に持つていつたが「今日はもう修理できない」と断わられたため再び同車を運転して友人の被告中釜の下宿に寄つた際、中釜からちよつと自動車を貸してくれと言われこれを一時同人に貸したこと、中釜は事故車を運転して友人のところをたずねた後池田の待つている自分の下宿に帰る途中本件事故を起したことが認められ、右認定に反する証人池田の証言は信用できない。
右事実によれば被告中釜は、当日事故車の運転を命ぜられていた訴外池田の承諾を得て、これを一時使用したものにすぎず、短時間後に返還されることは明らかなのであるから、前記認定のごとき運行供用者の事故車に対する一般的な運行支配が失われていたものとは、いまだ認められず、他にこれを証するに足る証拠もない。
(五) 〔証拠略〕によれば、被告中釜には、事故車のブレーキが特別より効くことを知らず、大雨が降つておりアスフアルト舗装で極めてスリツプを起しやすい道路で、急ブレーキをかけてスリツプを起し、対向車線にとび出した過失が認められ、後記過失相殺についての判断の項で認定する事故態様に照らし右過失と本件事故は当然因果関係があるので、その余の点について判断するまでもなく、被告菊地の免責の抗弁は認められない。
(六) よつて被告菊地は運行供用者として、被告中釜は不法行為者として、本件事故による損害を賠償すべき義務を負う。
二、本件事故による受傷と利夫の死亡との因果関係について
(一) 亡利夫が、本件事故により原告ら主張の如き傷害を負つたことは、被告中釜との関係では争いがなく、被告菊地との関係では、〔証拠略〕によりこれを認むべく、かつ、同人が昭和四一年一一月一一日に至つて死亡したことは当事者間に争いが無いところ、〔証拠略〕によれば、亡利夫は鮮血を大量に吐いて死亡したものであり、その直接の死因は肺出血(喀血死)であつたものと認められる。
しかるところ、被告らは同人の死亡と本件事故との間には相当因果関係はない旨抗争するので、以下この点につき検討するが、原告らは、右利夫の死亡は、前記胸部損傷による血胸のために、胸部にうつ積していた大量の血液を一度に喀血したことによりもたらされたと主張するので、まずこの点につき接するに、〔証拠略〕によると、血胸自体は鮮血を出血せしめるものではなく、喀血死の直接の原因となるものでもないと認められるので、原告らの右主張は採用し難い。
(二) しかしながら、後掲各証拠によるならば、以下の事実が認定される。
すなわち、
(イ) 亡利夫は、本件事故により、前頭部挫創、左第六肋骨々折、左肺損傷、右第七肋骨々折など傷害を受け一時危篤状態となる程の重傷を受け、青山病院及び富畑外科病院での治療の結果、やつと一命をとりとめたものの、レントゲン撮影によれば、左肺上葉部に陰影が残存し、胸痛が続いていたこと。(〔証拠略〕)
(ロ) その後、昭和四〇年一〇月八日に至つて、右病状は胸痛の後遺症を残して一応治癒したものと診断されたが、これは前記陰影に変化が見られなくなり、症状が固定したものと診断されたからにすぎず、胸部の陰影そのものはなお残存しており、かつ、主治医たる証人富畑清も、右陰影の部位及び病状の経過からして、これは単なる血胸の陰ではなく、本件事故による胸部損傷に続発して、余病を併発しているものではないかとの疑念を断ちがたく、さらに警察病院等で精密な診断を受けるように指示していたこと。(〔証拠略〕)
(ハ) 亡利夫は前記富畑外科病院を退院した後も胸痛が続き、かつ、嗄声に悩み、又職場でのレントゲン検診でも精密検査を必要とされていたこと。(〔証拠略〕)
(ニ) そして結局、利夫は本件事故後約一年五ケ月を経て、職場の同僚達と、和歌山県印南町まで自動車で遠出した際、そこで急に大量の鮮血を吐いて死亡したこと。(〔証拠略〕)
(三) 以上の(イ)ないし(ニ)の諸事実に、本件証拠上亡利夫が事故前から病身であつたことをうかがわしめるものはなく、むしろ、〔証拠略〕によれば、利夫は本件事故以前は健康であつたと認められることを合わせ考えるならば、原告らの如き一般社会人が、もし本件事故がなければ前記日時態様における利夫の死亡は生じなかつたものと考えるのも無理からぬところと言うべく、かつ〔証拠略〕によれば、医学上も本件事故による利夫の外傷(肺損傷)が前記出血の原因ないし誘因となつている可能性は肯認しうると言うのであるから、前記利夫の大喀血をもたらすような原因が、本件胸部の損傷とは関係なく存在するというような特段の事情が一応なりとも証明されないかぎり、本件事故による胸部損傷が右喀血の原因ないし誘因となつて、ついに利夫の死亡をもたらしたものと推認するのが相当である。
しかるところ、被告菊地は、亡利夫は結核の典型的症状である嗄声を訴えていたものであり、右喀血は肺結核に基くものではないかと主張するのであるが、同人が肺結核を患つていたと認めるに足る証拠はなく、少くとも肺結核そのものが、本件胸部の損傷に相当因果関係を持たないこと、例えばそれが事故前からの持病であつたことあるいは本件胸部の損傷が肺結核の原因となることが極めて異常なできごとであること等を窺わせる証拠は何もなく、その他前記肺損傷以外に、喀血の原因たるべき事情の存したことを窺わせる証拠はない。
そうすると、結局、本件証拠上は前記特段の事情は認められないことに帰し、前述の如き亡利夫の傷害の部位、程度、態様及び胸部の陰影の残存などよりして、前記のごとく一応治癒と診断されてはいても、なお、〔証拠略〕によつても、当時、血胸そのものの直接的結果としてはともかくも、一応死につながりうるものが客観的には残存していたことの可能性は医学上もこれを否定されてはおらず、又、後記過失相殺の項で述べるごとく、被告菊地が主張するような利夫の態様度が、特に異常とも又死亡の原因、誘因となつたとも認めるに足る証拠は無いこと、その他同人の事故後における健康状態の相異等の事情を総合考慮すれば、右利夫の死亡は、本件事故による負傷に基因し本件事故と相当因果関係の範囲内にあつたものと認めるのが相当である。
三、損害額について
(一) 亡利夫の得べかりし利益
〔証拠略〕によれば、亡利夫は殖産住宅相互株式会社に外交員として勤務し、同社から死亡前の一ケ年間に別表のごとく、給与三一万二一五九円、歩合制の報酬一一二万二九四二円、賞与その他三三万四七七七円、合計一七六万九八七八円の収入を得ていたことが認められるが、〔証拠略〕によれば、同社に於ては、利夫のような外交員は、外交に用する諸費用をすべて個人で負担しており、これらの者の所得に対する税金はあらかじめ同社で源泉徴収するのでなく、これらの者が改めて各個人で税務署に対し、所得の申告をしており、その際には収入の四〇%程度を必要経費として控除することを認められていたこと、外交員の平均年令は四〇才位であり、一方外交員としての勤続年数は平均五、六年に留るものであること等が認められ、その他本件証拠上認められる諸般の事情、利夫の学歴、右外交員の仕事の性質等を総合考察すれば、亡利夫の逸失利益を算定するについては、同人は満四〇才になるまで、死亡時点よりなお六年間、右名目収入の六〇%の実収入を得て、これより年間三六万円の生活費を控除した純収益を得るものと認定し、右以後は同人が満六三才になるまで、死亡時点の六年後から二九年後までの間、少くとも四〇才から四九才までの全産業男子労働者の平均賃金一ケ月四万八四〇〇円(日本統計年鑑昭和四一年度版二五九表による)を得て、その内から、生活費年二四万円を控除した純収益を得るものと認定し、それぞれ年ごとホフマン方式によつて、死亡当時から、年五分の割合による中間利息を控除して、その死亡当時の逸失利益の現価を算出するのが相当であると解されるので、右によつてこれを七八〇万円と認める。(右各認定は極めて大まかな推認の上に成りたたざるを得ないことを考えるならば、これらをつかつて算術的計算をして得た数値のうち、上二桁(一〇万円)以下の数値は、証拠による認定の上で必然性あるいは有意性を持たないので、これを挙証責任の分配に従い切捨てた。)
(一七六万九八七八円×〇・六-三六万円)×五、一三三六+(四万八四〇〇円×一二-二四万円)×(一七、六二九三-五、一三三六)=七八〇万
(二) 利夫の死亡についての慰藉料
イ 利夫自身に対して 二一〇万円
ロ 原告ら三名に対して 各三〇万円
前記利夫と原告らとの身分関係および弁論の全趣旨により右金額を各相当と認める。
(三) 原告ら自身の受傷についての慰藉料
後記のごとく、示談契約の成立により、右損害を改めて請求することはできないので、その額については判断しない。
四、示談契約について
(一) 亡利夫と被告中釜との間に前記第二の四記載の如き条項の示談が成立したことは当事者間に争いがなく、被告菊地も同人が事故車の運行供用者と認められるときには、右示談の成立により責任を免れ得ることを主張するところ、右示談の効力が被告菊地との間にも及ぶことは、原告らの自陳するところであるから、結局この点に関しては当事者間に争いがないことに帰する。
(二) そこで、まず、右示談が亡利夫の損害のみならず原告ら自身の受傷による損害をも対象としていたか否かの点につき検討するに、〔証拠略〕を総合すると、本件示談は、被告中釜の誠意に感じた亡利夫の側から、その内容を提示し、そのとおりに締結されたもので、本件事故に関する賠償問題は、以後すべてこれによるとの趣旨であつたものと認められ、特に利夫の妻子である原告らの損害を除外する事情は認められないので、同人らの損害についても、利夫が同人らを代理して一括して前記示談契約を締結したものと認めるのが相当であり、原告ら自身の受傷による損害も右示談の対象となつていたものと言うべきである。
そこで、進んで右示談の効力につき判断するに、前記各証拠によれば右示談契約は、締結当時、〔証拠略〕によつて認められるごとく、利夫が昭和四〇年一〇月八日にすでに一応治癒したものとの診断を受けていたことを前提とし、亡利夫及び原告らの各傷害によつて生じた損害のみを対象として結ばれたものと認められ、信義誠実の原則に従い、諸般の事情を考慮するならば、右示談契約後に、示談の前提となつた右損害とはまつたく質を異にする利夫の死亡という新たな著しい損害が生じた場合には、右示談契約中の「今後本件に関し、いかなる事情が発生しても双方異議を申し立てない」旨の文書にかかわらず、右新たな損害に対しては示談の効力は及ばず、これを改めて加害者に請求しうるものと解するのが相当である。ただし、以上は利夫の死亡に関連した損害についてのみ言いうることであり、示談そのものが、全体として無効になるわけではないから、右示談当時にすでに明らかであつた亡利夫及び原告ら自身の受傷に関連する損害を新たに請求しうるいわれはない。よつて、この点に関する原告らの請求はその余の点の判断に及ぶまでもなく失当として棄却を免れない。
五、過失相殺について
(一) 被告中釜の運転する事故車がスリツプを起し、対向車線の歩道に乗り上げた後、利夫の運転する乗用車がこれに衝突する迄に相当の時間があつた旨の被告中釜本人尋問の結果は、〔証拠略〕に照らしてにわかにこれを措信し難く、かえつて、これらによるならば、利夫の運転する乗用車が、事故現場の南方約三〇メートル位のところにある信号を青点滅で通りぬけた後、同車及び事故車が事故現場に近づくまでの間に信号が黄に変わり、これを見た中釜が急ブレーキをかけたため、右利夫の乗用車の直前に飛出したことがうかがわれるのであり、結局、利夫が右信号を無視したとの証拠は無く、又被告中釜の本人尋問の結果のうち、利夫が事故前に飲酒していた旨後日聞知したとの部分は伝聞にすぎずにわかに採用し得ないが、仮りに同人が事故前に多少飲酒していたことが事実としても、右事故態様に照らし、過失相殺に値する過失があつたものとは認められない。
(二) 〔証拠略〕によれば、同人は訴外富畑外科病院を退院した後も同院に数回通院し、訴外桃山病院の診断等も経た後、昭和四〇年一〇月八日には医師より症状固定し治癒したものとの診断を受けたことが認められ、その際なお訴外警察病院の診断を受けてみるようすすめられてはいたが、それ以外にその後の生活について医師の具体的注意があつたものと認められる証拠もなく、嗄声あるいは胸痛があつたとしても、胸痛についてはすでに前記傷害の後遺症として診断されていたものであり、〔証拠略〕によれば、利夫の健康状態は一応復転就労し得る程度に回復していたものと認められるので特に再度の検診を受けなかつたからと言つて、これをもつて直ちに過失相殺に値する程の過失があつたものとも認められず他に同人がその死亡を助長するような不摂生な生活を続けていたと認めるに足る証拠もない。よつて被告らの過失相殺の主張は採用しない。
六、本訴認容額について
前記損害額の項に認定したごとく、亡利夫の逸失利益及び慰藉料の合計額は九九〇万円となる。前記争いのない一〇〇万円の保険金は、〔証拠略〕に照らし、右利夫の死亡に基づく損害に対して支払われたものと認められるので、これを右額より差引き、これを三分して原告らの相続額を求め、これに原告ら固有の慰藉料を加えると、原告らは各三二六万六六六六円(一円以下切捨)の損害賠償請求権を有するものと認められる。
尚、〔証拠略〕によれば、被告中釜は、本件示談契約に基き利夫らにマツダフアミリア一台を交付したことが認められるが、これは右示談契約後に生じた利夫の死亡に基く損害に充当されるものではないので、右損害額より、損益相殺すべきではない。
第六結論
被告らは各自原告ら三名に対し各金三二六万六六六六円宛および右各金員に対する右各損害発生の後である昭和四二年九月一五日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 亀井左取 上野茂 小田耕治)
〔別表〕
<省略>